訪問:2026年4月4日
世界中の競馬場を巡る旅。今回はインドネシア・ジョグジャカルタ特別州バントゥル県にあるスルタン・アグン競馬場(Lapangan Pacuan Kuda Sultan Agung)です。
インドネシア歴20年。これまでトルコだフランスだと海外の競馬場を巡っておきながら、実は足元のインドネシア競馬を一度も観たことがありませんでした。灯台下暗し。ようやくの初訪問です。

インドネシア競馬の概要
インドネシアの競馬は、PORDASI(インドネシア馬術スポーツ連盟)が統括しています。2023年に設立された SARGA.CO というスポーツ・エンタメ企業が運営に加わってから、「Indonesia’s Horse Racing(IHR)」というシリーズとして、各地の競馬場を転戦しながら年間を通して開催されるようになりました。
2026年シーズンは2月から12月まで、ジョグジャカルタ、中部ジャワ、西ジャワ、西スマトラ、北スラウェシの5競馬場で8開催。3歳馬の三冠競走(Triple Crown)を軸に、インドネシアダービーや各地のカップ戦が組まれています。
この日行われたのは「Triple Crown Serie 1 & Pertiwi Cup 2026」。三冠競走の第1戦(1,200m)、日本でいえば皐月賞にあたる日です。併催のプルティウィカップは3歳牝馬限定戦なので、こちらは桜花賞といったところでしょうか。報道によると、この開催にはインドネシア全土11地域から138頭が集まり、賞金総額は5億8,000万ルピアだったそうです。
そして大事なことをひとつ。イスラム教徒が多数を占めるインドネシアでは賭博が禁じられているため、馬券の発売はありません。純粋にスポーツとして、お祭りとして競馬を楽しむ場所です。報道によれば、この日の来場者は約12,000人。入場料についてはネット上に情報がなく、無料のアイスクリーム配布やサッカー元代表監督のトークイベントと合わせて、「無料で楽しめる週末のイベント」として告知されていました。
インドネシア競馬の仕組み(IHR、三冠、各地の競馬場、主役の厩舎と騎手)は、別記事「インドネシア競馬入門」にまとめています。
アクセス
今回はジョグジャカルタ市内からレンタカーで向かいました。マリオボロ通りのあたりから南へ約13km、Jl. Imogiri Timur を下ってバントゥル方面へ。渋滞がなければ30〜40分ほどです。競馬場はサッカーのスルタン・アグン・スタジアムの敷地内にあり、スタジアムの巨大な屋根が見えてきたら到着です。

駐車場は敷地内の芝生と空き地。車よりバイクの方が圧倒的に多く、入口付近にはバイクが何百台も並んでいました。公共交通機関で行く場合は、トランスジョグジャ(市内バス)のイモギリ方面路線で Jl. Imogiri Timur 7 のバス停まで行き、そこから徒歩10分ほどです。

思った以上に大がかりなイベント
正直なところ、田舎の草競馬のようなものを想像していました。ところが入口には大きなゲートが組まれ、PLN(国営電力)やプルタミナ(国営石油)といった名だたる国営企業のスポンサーロゴがずらり。ゲートには、サッカー・インドネシア代表の前監督シン・テヨン氏と一緒にアイスクリームを食べよう、というイベントの告知まで出ています。競馬場というより、フェスの会場です。

スタジアムの足元には白いテントが並び、飲食やスポンサーのブース、そしてイベントステージ。競馬を観に来たのか、フェスに来たのか分からなくなります。

トイレは簡易トイレが並んでいます。インドネシアの屋外イベントとしては、かなり整っている方です。
入口では立派なレーシングプログラム(Buku Pertandingan)が配られていました。オーストラリアの草競馬・ナラブライ競馬場を思い出しながら来たのですが、良い意味で裏切られました。

VIPと一般ではっきり分かれる観戦エリア
観戦エリアは、VIPと一般ではっきり分かれています。VIPは屋根付きのスタンドに白いクロスのかかった椅子が並び、ゴール前の特等席。一方の一般エリアは、ラチ沿いに立って観るスタイルです。この「待遇くっきり」な感じは、実にインドネシアらしいところ。


コースとレース
コースは右回りのダートで、1周1,200m。内馬場には決勝審判の塔が立ち、ここから着順判定と実況が行われます。

レース前にはパドックの代わりに、コース上で出走馬の周回見せが行われます。馬との距離が近く、ラチ越しにすぐ目の前を歩いていきます。


馬はサラブレッドではなく、インドネシア在来馬とサラブレッドの交配種が中心。日本の競走馬より一回り小さく、体高150cmほど。出馬表にも体高が載っているのが面白いところです。
優勝賞金は1レースあたり2,000万〜5,000万ルピア、メインレースは1億1,000万ルピア。出馬表を見ると、馬名の横に SUMBAR(西スマトラ)、JATENG(中部ジャワ)、SULUT(北スラウェシ)、JABAR(西ジャワ)といった所属地域が書かれていて、文字どおりインドネシア全土から馬が集まっていることが分かります。地域対抗戦の色合いが強いのも、この国の競馬の特徴のようです。

たとえばこの「Piala SARGA.CO」(3歳・1,400m、賞金5,000万ルピア)。1番の Saga Serumpun は西スマトラの馬で、鞍上は Angel Manarisip 騎手。この馬、翌月の三冠第2戦(1,600m)をハナ差で制することになります。この時点では知る由もありませんでしたが。

スターティングゲートは12頭立て。そして日本ではまず見られないのが、ゲート入りの光景です。入るのを嫌がる馬は、係員が大勢で取り囲み、文字どおり力ずくで押し込みます。


ゲートが開くと、砂を蹴立てて馬群が飛び出していきます。1,200mの1周戦なので、あっという間に向正面へ。
ゴール板の代わりに立っているのは、蹄鉄の形をした大きなアーチ。ここを先頭で駆け抜けた馬が勝者です。


勝った馬には「WINNER」と大書された馬着がかけられ、記念撮影。日本でいえば口取り式にあたる場面ですが、こちらの方が派手です。
馬券はない。でも「投票」はある
馬券はありませんが、その代わりに用意されていたのが SARGA.CO の「FUN GAMES」。配られた紙のQRコードからサイトに登録し、レースごとに1着になると思う馬を選んで投票します。的中者の中から抽選で賞金が当たる仕組みで、全18レースで総額1,800万ルピア。つまり1レースにつき当選者1名、100万ルピアです。お金を賭けるわけではないので、これなら賭博にはあたらない、という理屈なのでしょう。


投票ページに出てくる馬の写真はただのイラストなので、実物ではない点に注意。途中まで「変わった毛色の馬がいるな」と実物だと思い込んでいました。
で、第11レース。見事に1着を当てました。ところが画面に出たのは「Kurang beruntung…(残念でした)」の文字。

三冠第1戦「Triple Crown Serie I」
メインレースは、3歳馬による1,200m戦の三冠第1戦。

(おそらく)1番人気だった KANA ECLIPSE を抑えて優勝したのは、伏兵と思われた MAXI OF KHALIM。鞍上は Jemmy Runtu 騎手、馬主は King Halim Stable の Kusnadi Halim 氏。勝ち時計1分19秒95、着差は半馬身ほどの接戦でした。ちなみに併催のプルティウィカップを勝ったのも同じ厩舎の FIONA OF KHALIM で、こちらも2着は ECLIPSE の名を持つ馬。この2つの陣営が、今のインドネシア3歳路線の中心なのかもしれません。

レース後には勝利陣営のインタビューがあったのですが、マイクを向けられていたのは英語しか話さない外国人の方でした。ということは、自分でもインドネシアで馬主になれるのでは?……と、少し本気で考えてしまいました。

まさかのウマ娘コミュニティ
この日いちばん驚いたのが、これです。場内に「UMA MUSUME COMMUNITY」の看板を掲げたブースが出ていました。

ブースの前には人だかり。中にはゲーム画面を映したモニターとフィギュアが並び、集まった人たちでゲーム内のレースを走らせて盛り上がっています。みなさんが遊んでいるのはグローバル版なので、日本版で遊んでいる自分は残念ながら参加できず。

かなり本格的なコスプレイヤーさんもいました。場内の特設ショップでTシャツを眩めていたら、「お客さんが買い物をしているところを撮りたい」と声をかけられ、そのままツーショットまで撮ってもらいました。あとで知ったのですが、この方は matchamei さんという、インドネシアでは名の知れたコスプレイヤー。この時はそんなにフォロワーのいる方だとは知らず、ずいぶん気さくに応じてもらったものだと、後になって恐縮しました。

日本では、ウマ娘をきっかけに競馬場へ足を運ぶ若い人が増えました。2025年の春に数年ぶりに訪れた阪神競馬場でも、若い人の多さと歓声の大きさに驚いたばかりです。それと同じことが、馬券すら売っていないインドネシアの競馬場でも起きている。コンテンツの力というのはすごいものです。
綺麗な尾花栗毛
最後に、この日見かけた綺麗な尾花栗毛の馬を。金色のたてがみと尻尾が、南国の日差しによく映えていました。



まとめ
馬券がない競馬は面白いのか?と聞かれると、正直、馬券があったほうが面白いです。それでも、全国から馬が集まる地域対抗戦の熱気、力ずくのゲート入り、国営企業が並ぶスポンサーボード、そしてウマ娘コミュニティ。ここでしか見られない競馬の姿がありました。
三冠競走はこの後、5月10日に中部ジャワのテガルワトン競馬場で第2戦(1,600m)が行われ、この日 Piala SARGA.CO に出ていた西スマトラの Saga Serumpun が、3頭が鼻面を並べる大接戦をハナ差で制しました。第1戦の勝ち馬 Maxi of Khalim は敗れ、2026年の三冠馬は誕生せず。それでも、住んでいる国の競馬です。これからも追いかけてみようと思います。


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