【インドネシア競馬入門】馬券のない国の競馬。IHRの仕組み、競馬場、シーズン、そして主役たち。

スルタン・アグン競馬場、砂を蹴って直線を走る馬群 解説

インドネシアに20年以上住んでいて、この国の競馬を観たのは2026年が初めてでした。理由は簡単で、長いあいだ「知られていなかった」から。日本語で読める情報は、ほぼ皆無です。ジョグジャカルタの競馬場を訪れた記事とは別に、この国の競馬がどういう仕組みで動いているのかを、ひととおりまとめておきます。

スルタン・アグン競馬場のダートを駆ける馬群(2026年4月)
スルタン・アグン競馬場、三冠第1戦の日(2026年4月)

馬券のない競馬

最初に押さえておくべきことがひとつ。インドネシアの競馬には、馬券がありません。1981年の政令(PP No. 9 Tahun 1981)で賭博が全面的に禁じられて以来、競馬場でお金を賭けることはできなくなりました。競馬は純粋な「スポーツ」であり、近年は「スポーテインメント(Sportainment)」を掲げたお祭りとして再興しています。

馬券がないのに、なぜ成り立つのか。オーナーは賞金(2026年の三冠第1戦で1着1億1,000万ルピア=約100万円)と馬の売買で回し、主催者はチケット、スポンサー、配信で回す。競馬場では無料のアイスクリームが配られ、有名タレントが呼ばれ、コスプレイヤーが走る。日本の感覚では奇妙ですが、馬券なしで観客を集めるには、これが答えなのです。

IHR(Indonesia’s Horse Racing)とは

いま国内の主要な競馬は、「Indonesia’s Horse Racing(IHR)」というシリーズ名で開催されています。統括団体は1966年設立の PORDASI(インドネシア馬術スポーツ連盟)。運営するのは、2023年に設立された民間のプロモーター SARGA.CO です。創業者はPORDASI会長でもあるアリヨ・ジョヨハディクスモ(Aryo Djojohadikusumo)氏。2023年に2開催、2024年に4開催、2025年から年間シーズン制(9開催・151レース)になり、2026年は8開催が組まれています。

IHRの特徴は、各地の競馬場を転戦する「サーキット」であること。ジャワ島のジョグジャカルタ、中部ジャワ、西ジャワに加え、2026年は西スマトラと北スラウェシでも開催され、出走馬はインドネシア全土から集まります。出馬表の馬名の横には SUMBAR(西スマトラ)、JATENG(中部ジャワ)、SULUT(北スラウェシ)といった所属地域が書かれ、地域対抗の色が濃いのもこの国らしいところです。

歴史をざっと

    1971年、開場当時のプロマス競馬場で行われたレース
    1971年、開場当時のプロマス競馬場のレース。
    出典:IPPHOS/インドネシア国立図書館(パブリックドメイン、Wikimedia Commons
  • 1812年:オランダ領ジャワが英国に一時占領されていた時期(1811〜16年、ラッフルズ副総督の統治)に、最初の競馬の記録。オランダに返還された後も、植民地時代を通じて各地の「レンボン(Rembond、競馬クラブ)」が運営し、オーストラリアや英国からサラブレッドが輸入された
  • 1889年:西スマトラ・ブキティンギ(Bukittinggi)に現存最古のブキット・アンバチャン(Bukit Ambacang)競馬場が建設
  • 1966年6月:PORDASI 設立。同年11月にボゴールで第1回全国選手権(Kejurnas)。後援者となったのは、前年の9月事件を経て実権を握っていた陸軍司令官スハルト将軍(大統領代行就任は翌1967年3月、大統領就任は1968年)。その名を冠した持ち回り杯「ピアラ・ブルギリル・スハルト」が争われ、初代優勝馬はスハルト将軍所有のディアナ号(Diana)
  • 1971年8月:ジャカルタ東部にプロマス(Pulomas)競馬場が開場(起工式は1970年4月)。アリ・サディキン知事の都市近代化事業の一環で、ジャカルタ州政府とオーストラリアの企業連合による合弁「ジャカルタ・レーシング・マネジメント」が約1,000万豪ドルを投じて建設。名伯楽バート・カミングスら豪州の競馬関係者が協力し、開場時にはビクトリア州から輸入した200頭を含む約600頭が配置された。当時のジャカルタはサディキン知事が賭博を公認して税収源にしていた時代で、プロマスにはトータリゼーター(勝馬投票システム)が備えられ、馬券が売られていた。以後45年間、全国選手権とインドネシア・ダービーの本場としてインドネシア競馬の中心に
  • 1981年:政令(PP No. 9/1981)と内務省訓令で賭博が全国的に禁止され、プロマスのトータリゼーターも停止。運営は1979年からPTアミリン・リア、後にPORDASIへ移り、競馬は純粋なスポーツになった。それでも1990年代がプロマスの黄金期とされ、三冠馬ミステール(1978年)、マニクトリスラ(2002年)、ジョハルマニク(2014年)はいずれもこの競馬場で生まれた。ただし馬券を失った競馬の人気は長期的には落ちていき、2007年の大洪水以降は施設の老朽化も進んだ
  • 2016年:アジア大会の馬術会場建設のためプロマス競馬場が閉鎖。国内競馬は地方の競馬場に散らばる
  • 2023年:SARGA.CO 設立、IHR 開始
  • 2025年:ウマ娘グローバル版の配信(6月)が重なり、若い観客が急増。三冠馬キングアルゼンチン(King Argentin)が誕生
  • 2026年:プロマス跡地に国際規格の競馬場を再建中(1,000億ルピア以上、8,000席)

走っているのはどんな馬か

左:京都競馬場のパドックで厘務員に引かれる日本のサラブレッド、右:スルタン・アグン競馬場で厘務員に引かれるインドネシアの競走馬マキシオブカリム。人と比べると日本の馬の大きさが分かる
左は日本のサラブレッド、右はインドネシアの競走馬。インドネシアは、ひと回り小さい

主役は「クダ・パチュ・インドネシア(Kuda Pacu Indonesia、KPI)」と呼ばれる、サラブレッドと在来馬の交雑種です。在来馬(サンデル種(Sandel)など)にサラブレッドを掛け合わせた世代ごとに G1(50%)、G2(75%)、G3(87.5%)、G4(93.75%)と等級が付き、G3・G4同士の交配から生まれた馬が KPI として認定されます。純血のサラブレッドも走りますが、全国選手権の看板レースに出られるのは交雑種と KPI だけです。

もうひとつ日本と違うのが、体高によるクラス分け。3歳以上の馬は A(161.1cm以上)から F(138.1〜142cm)まで体高で分けられ、それぞれ別のレースを走ります。小柄な在来馬の血を引く馬が多いための仕組みで、「クラスA スプリント」のような表記はここから来ています。3歳馬は日本と同じく8月1日を共通の誕生日とし、「レマジャ(Remaja、若駒)」と「ダービー」の2クラスに分かれます。

シーズンと主要レース

2026年のIHRは、2月から12月まで8開催。すべて土日の1日開催で、1日に18クラス前後のレースが組まれます。

日付開催競馬場(州)主なレース
2月15日Jateng Derbyテガルワトン(Tegalwaton、中部ジャワ)ジャテン・ダービー(Jateng Derby) 1600m
4月4日Triple Crown Serie 1 & Pertiwi Cupスルタン・アグン(Sultan Agung、ジョグジャカルタ)三冠第1戦 1200m、プルティウィ杯(Pertiwi Cup、3歳牝馬)1600m
5月10日Mangkunegara X Cup & Triple Crown Serie 2テガルワトン三冠第2戦 1600m、マンクヌガラ10世杯
6月14日Piala Paku Alamスルタン・アグンパク・アラム杯(7年ぶり復活)
7月26日Kejurnas Seri 1 – Indonesia Derbyレゴクジャワ(Legokjawa、西ジャワ・パンガンダラン(Pangandaran))インドネシア・ダービー 2000m(三冠最終戦)
8月23日Merdeka Cupクブ・ガダン(Kubu Gadang、西スマトラ・パヤクンブ(Payakumbuh))独立記念杯
10月24日Kejurnas Seri 2 & Piala Ketum PORDASIマエサ・トンパソ(Maesa Tompaso、北スラウェシ)スター・オブ・スターズ(Star of Stars) 2200m、スーパースプリント(Super Sprint) 1300m
12月6日HB X Cupスルタン・アグンハメンクブウォノ10世杯

三冠(Triple Crown)

「WINNER TRIPLE CROWN INDONESIA 2025」の馬着をかけられ、スルタン・アグン競馬場を引かれて歩くキングアルゼンチン
2025年7月27日、インドネシア・ダービーを制して三冠を達成したキングアルゼンチン。
写真:Harian Jogja(2025年7月28日付記事より、ist)

4月の1,200m、5月の1,600m、7月のダービー2,000mの3つを同じ3歳馬が勝てば三冠。距離が伸びていく構成は日本と同じですが、期間は4か月と短く、ダービーが7月なのも特徴です。三冠馬は歴史上4頭しかおらず、1978年のミステール(Mystere)、2002年のマニクトリスラ(Manik Trisula)、2014年のジョハルマニク(Djohar Manik)に続いて、2025年にキング・ハリム厩舎(King Halim Stable)のキングアルゼンチンが11年ぶりに達成しました。2026年は第1戦をマキシオブカリム(Maxi of Khalim)、第2戦をサガスルンプン(Saga Serumpun)、ダービーをジロンリンボカ(Zilong Rimboka)が勝ち、三冠馬は出ていません。

全国選手権(Kejurnas)と王家の杯

1966年から続く全国選手権は年2シリーズ。第1シリーズの看板がインドネシア・ダービー(1974年〜)、第2シリーズの看板が2,200mのスター・オブ・スターズ(1975年〜、体高161.1cm以上の古馬の頂点)と1,300mのスーパースプリント(2009年〜)です。総合優勝は州対抗のポイント制で決まります。2026年から新設された「キングス・カップ・シリーズ(King’s Cup Series)」は、ジョグジャカルタとソロの王家(ハメンクブウォノ家(Hamengkubuwono)、パク・アラム家(Paku Alam)、マンクヌガラ家(Mangkunegara))の名を冠した3つの杯をまとめたもの。ジャワの王家が競馬の後援者だという、この国ならではの背景があります。

競馬場

国内の主な競馬場はすべてダート(砂)で、1周1,200m前後の小回り。スタンドは仮設テントが中心で、常設の観客席がある競馬場はほとんどありません。

インドネシア全土の地図に、IHRが開催される5つの競馬場、旧本場プロマス、最古のブキット・アンバチャン、計画中のロンボク、伝統競馬のビマとスンバの位置を示した図
インドネシアの主な競馬場(2026年)。位置はGoogleマップの座標による。地図:Uwe Dedering「Indonesia location map」(Wikimedia Commons、CC BY-SA 3.0)をもとに作成
  • スルタン・アグン(ジョグジャカルタ特別州バントゥル県):サッカースタジアムに隣接する国家基準の競馬場。1周1,200m・幅16mの右回りダート。2025年からIHRの中心で、三冠第1戦、パク・アラム杯、HB X杯を開催。ジョグジャカルタ市内から車で30〜40分
  • テガルワトン(中部ジャワ州スマラン県):2001年開場。4つの角が四角い「箱型」コースは国内唯一。メルバブ山(Gunung Merbabu)を望む。ジャテン・ダービーと三冠第2戦の舞台で、2026年2月は37,000人を集めた
  • レゴクジャワ(西ジャワ州パンガンダラン):インド洋に面した、国内唯一の海辺の競馬場。2016年の国体(PON)のために整備され、2026年のインドネシア・ダービーを開催。パンガンダラン中心部から34km
  • クブ・ガダン(西スマトラ州パヤクンブ):1906年から続くミナンカバウの伝統競馬の地。2026年8月の独立記念杯で、IHRとして初めてスマトラ開催
  • マエサ・トンパソ(北スラウェシ州ミナハサ(Minahasa)):8年ぶりに全国選手権が戻る(2026年10月)。北スラウェシは有力馬と騎手を多く輩出する競馬どころ
  • プロマス(ジャカルタ東部):1971〜2016年の旧本場。跡地の馬術公園にSARGAランドが国際規格の競馬場を建設中で、2026年中の完成と初開催を目指す

主役たち

厩舎(Stable)が日本のクラブや牧場のような単位で、有力厩舎の名がそのまま馬名に入ります。

左:キング・ハリム厩舎の勝負服(水色に白と青の格子)を着たジェミー・ルントゥ騎手とマキシオブカリム、右:エクリプス厩舎の勝負服(赤い袖に黄と黒の縦縞)を着たM.ソレラン騎手とカナエクリプス
左:キング・ハリム厩舎(マキシオブカリム、鞍上ジェミー・ルントゥ)、右:エクリプス厩舎(カナエクリプス、鞍上M.ソレラン)。
2大厩舎の勝負服。いずれも2026年三冠第1戦、スルタン・アグン競馬場で筆者撮影
  • キング・ハリム厩舎(西ジャワ):2025年三冠馬キングアルゼンチン、2026年三冠第1戦のマキシオブカリム、プルティウィ杯のフィオナオブカリム(Fiona of Khalim)を送り出した最強厩舎。2025年は主要6レース中5勝
  • エクリプス厩舎(Eclipse Stable):2025年に151レース中27勝。2026年ジャテン・ダービー勝ち馬ナラエクリプス(Nara Eclipse)、三冠1・2戦で2着のカナエクリプス(Kana Eclipse)
  • ジェミー・ルントゥ(Jemmy Runtu):「稲妻(Kilat)」の異名を持つ第一人者。キングアルゼンチンの三冠すべてに騎乗。アンヘル・マナリシップ(Angel Manarisip)、メイケル・ソレラン(Meikel Soleran)と並ぶ年度代表騎手
  • ナガスンビラン(Naga Sembilan)(九頭竜):2025年スター・オブ・スターズ、2026年パク・アラム杯を勝った古馬の王者。オーナーがSNSでキングアルゼンチンに挑戦状を叩きつけたのが話題に
  • ジロンリンボカ:北スラウェシ出身の伏兵。2026年インドネシア・ダービーを制した

競馬場で観る、ということ

チケットは主催者の sargatiket.com で販売され、価格は開催によって異なります。ジョグジャカルタの例では、一般(Regular)2万5,000ルピア(約240円)、スタンド(Tribun)10万ルピア、VIP B 120万ルピア、VIP A 350万ルピア。VIPはテーブル席にビュッフェ、飲み放題が付きます。出馬表付きのレースブック(Racebook)は3万5,000ルピアで、当日券売り場で売られます。

白いクロスのかかった椅子が並ぶスルタン・アグン競馬場のVIPスタンド
スルタン・アグン競馬場のVIPスタンド。屋根付きで、白いクロスのかかった椅子が並ぶゴール前の特等席(2026年4月)

馬券の代わりにあるのが、SARGA.CO の「ファン・ゲーム(Fun Games)」。QRコードからサイトに登録し、各レースの1着を予想して投票します。的中者の中から抽選で賞金が当たる仕組みで、賭け金を払わないので賭博にはあたらない、という理屈です。的中したのに「当選者なし」と出て納得がいかなかった話は、訪問記のほうに書きました。

観客の顔ぶれは、この2年で大きく変わりました。ウマ娘のコミュニティがブースを出し、主催者公認の「コス・レース(Cos Race)」ではコスプレイヤーがコースを走ります。日本のウマ娘キャラクターの解説投稿が主催者のSNSで数千の「いいね」を集め、日本のGⅠ馬フォーエバーヤング(Forever Young)の話題まで扱われる。馬券のない国の競馬が、日本のコンテンツを追い風に若い観客を取り込んでいる。これは日本の競馬ファンとして、少し不思議で、少し誇らしい光景です。

IHRの外にある競馬

IHRはあくまで全国規模のサーキットで、その外には各地の伝統競馬があります。西スマトラの「パチュ・クド(Pacu Kudo)」は村祭り(アレック・ナガリ(Alek Nagari))と結びついた競馬で、騎手が馬に乗らず、二輪の軽い車を引かせて走る「ドラフ・ボギー(Draf Bogie)」という独特の競走もあります。スンバ島(Sumba)の「マエン・ジャラン(Maen Jaran)」、ビマ(Bima)の「パチョア・ジャラ(Pacoa Jara)」は鞍なしで子どもが騎乗する伝統競馬で、2016年に国の無形文化遺産に指定されました。IHRの西スマトラ開催は、こうした地域の競馬文化と全国サーキットをつなぐ試みでもあります。

鞍なしの馬にまたがる子ども騎手が競うビマの伝統競馬
ビマ(スンバワ島)の伝統競馬「パチョア・ジャラ」。鞍なしの馬に子ども騎手が乗る(2013年)。
写真:Focusfeel(Mohammad Sinardhie Rachman)/Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

これからのインドネシア競馬

主催者のスローガンは「Race to the World Stage」。2026年のインドネシア・ダービーでは初めて英語の実況付きライブ配信が行われ、騎手の海外研修(フランス)や、香港・シンガポールで騎手を育てたアジア競馬教育機関(AFASEC)との提携も始まりました。プロマスの新競馬場が完成すれば、首都で国際規格のレースが開かれることになります。

もうひとつの計画が、ロンボク島です。PORDASI会長でもあるアリヨ・ジョヨハディクスモ氏(プラボウォ大統領の甥)が率いるPT Arena Pacu Nusantaraが、2023年にマンダリカ特別経済区(KEK Mandalika、中部ロンボク、タンジュン・アン海岸の近く)の約22ヘクタールに国際規格の競馬場を建てる構想を発表しました。第1期に約1,000億ルピア、馬術エステートやヴィラを含めて総額4,000億ルピアという大きな計画で、当時の州知事は「来年には」と期待を語っています。ただし2025年の時点でもマスタープランの策定段階にとどまり、着工には至っていません。ロンボクを含むヌサ・テンガラ西州は、ビマの伝統競馬に代表される「馬の島」でもあり、実現すればMotoGPのサーキットと並ぶ観光の目玉になります。

賭博が禁じられた国で、競馬をどう続けるか。インドネシアが出した答えは、お祭りにすること、そして海外に開くことでした。日本から馬や騎手が来る日が、そう遠くないかもしれません。

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